東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1520号 判決 1977年6月30日
控訴人
株式会社朝日新聞社
右代表者
広岡知男
右訴訟代理人
渡辺修
外五名
被控訴人
成瀬多賀男
右訴訟代理人
渡辺泰彦
外一名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人主張の請求原因第1項及び同第2項記載の各事実は当事者間に争いがない。
二控訴人主張の抗弁に対する当裁判所の判断については、原判決の理由(原判決第二六枚目表四行目から同三三枚目裏八行目まで。)を引用するほか次をつけ加える。
(1) <省略>
(2) 以上に認定した事実から判断すると、被控訴人の行為、とくに昭和四七年六月四日午後八時二分ごろ以降における行為は、控訴会社の就業規則七三条一項二号、六号、一三号及び一五号に規定する各処分事由にそれぞれ該当する。
すなわち
(イ) 控訴会社の朝日新聞社綱領は、控訴会社の根本的な経営方針として、「真実を公正敏速に報道」することを宣言していて、取材、編集、印刷、発送等控訴会社の営業活動はすべて右の経営方針にしたがつて遂行される必要があり、新聞が印刷作成されても、敏速な発送業務によりこれが直ちに購読者の手許に届けられるのでなければ、いわゆる報道活動の意味は皆無に帰するものであるにもかかわらず、被控訴人は前示のように明和労組の組合員及び外部団体員らとともに、スクラムを組み、ピケを張り、実力をもつて、控訴会社の職制による荷扱い業務、すなわち新聞発送業務を妨害したものであるから、これは「故意または重大な過失によつて本社の経営方針と反する行為をした」ものにほかならず、就業規則七三条一項二号に該当する。
(ロ) 控訴会社の就業規則一一条では「従業員は新聞の公器性に鑑み」、「本社に迷惑をおよぼす行いをしない」との遵守事項を定め、これが従業員の義務は、雇傭契約上、勤務時間の内外を問わず適用すべきものと解すべきところ、被控訴人は控訴会社の従業員でありながら、前示のように、控訴会社の職制による新聞荷扱い業務を妨害し、控訴会社に迷惑を及ぼす行為をしたものであるから、これが行為は「就業規則に反し、従業員としての義務を履行」しなかつたものにほかならないから、就業規則七三条一項六号に該当する。
(ハ) 被控訴人が明和労組の組合員及び外部団体員らとともに行なつた前示荷扱い業務の妨害行為の結果、控訴会社は、第八版帯だけでも、七台のトラツクを増車したため余分の費用を支出することを余儀なくされたものと認むべく、これにより金銭上の損害を被つたものと認められ、したがつて、被控訴人は「故意または不注意で」控訴会社に対し「金銭上の損害を与えた」ものであり、就業規則七三条一項一三号に該当する。
(ニ) さらに、被控訴人は、前示のように明和労組の組合員及び外部団体員らと共同して、スクラムを組み、ピケを張つて、控訴会社の職制による荷扱い業務を妨害したものであつて、これは就業規則七三条一項一二号に規定する「他人に危害、暴行、強迫その他不都合な行為」に準ずる行為であつたときに該当するものというべく、したがつて、同条同項一五号に該当する。
三被控訴人が再抗弁として主張する点についての当裁判所の判断については、原判決の理由(原判決書三五枚目表六行目から同四〇枚目裏二行目まで。)を引用するほか、次をつけ加える。
(1) <省略>
(2) ところで、明和労組の実施した荷扱い業務のストライキは、その争議行為として明和産商に対するものであり、その態様は明和産商が控訴会社から請け負つた新聞発送に関する荷扱い業務につき、明和産商の従業員たる明和労組員においてこれを放棄し、かつ支援の外部団体員らとともに職場集会を開き、スト破り行為に対してはピケを張つてこれを防止することを目的としたもので、これに対し明和産商において昭和四七年六月四日に行なわれた明和労組のストに介入した事実は本件証拠によるもこれを認めるに足りないし、他方、右明和労組のストライキ実施に際し、前示認定のとおり、控訴会社は明和労組の委員長からストライキ実施の通知を受け、その職制をAステーシヨン及びBステーシヨンに赴かせ、新聞発送業務のひとつである荷扱い業務が停滞しないように自らこれを行なうように指示しているが、控訴会社において右のような措置に出たのは、自己の新聞発送業務に支障を生ぜしめないためにしたものであつてこれをもつて右の争議行為の態様からみていわゆるスト破りのために行なつたものとはいいがたく、ことに明和労組員及びこれを支援する外部団体員の行なつたピケ及びこれにともなう新聞発送業務の妨害が前示のように平和的説得の範囲を超えたかなり強力なものであつて、控訴会社においてとうていこれを放置することができない状態であり、控訴会社の職制において再三にわたり、その妨害行為を中止するよう注意、警告したにもかかわらず、これを聞き入れなかつたもので、このような事態のもとでは、明和労組員及び支援団体員並びに被控訴人において控訴会社が自己の新聞発送業務に支援をきたさないように自ら荷扱い業務を行なうであろうことは当然予期しあるいは現にこれを行なつたものであることを容易に知ることができたものであることが認められるにもかかわらず、あえて控訴会社の職制がとつた措置を明和産商の明和労組に対するストライキへの介入行為と同視して控訴会社の業務を妨害することはとうてい正当な行為として是認することはできない。なお、<証拠>をあわせ考えると、控訴会社は、明和産商に荷扱い業務を請け負わせる以前に、明和産商の前身である有限会社井上商事ないし有限会社明和産業に対し荷扱い業務を請け負わせていたが、控訴会社は、当時、それらの会社の従業員の労働組合がストライキを実施した際にそれらの会社に対し荷扱い業務に支障をきたさないように強く申し入れたのでそれらの会社において代替業務要員に荷扱い業務を行なわせたためストライキの効果が減殺したので、労働組合がこれに強く抗議し、それらの会社から謝罪文を提出させたり、スト破り行為を行なわないことを約束させたことがあること、明和産商が控訴会社から荷扱い業務を請け負うようになつた後も、明和労組がストライキを実施した際に、控訴会社の職制らが自ら荷扱い業務を行なつたことに対し、スト介入行為として、明和労組において明和産商及び控訴会社に抗議したことがあり、以上のような事情から、明和労組は昭和四七年五月一七日以降四回にわたりストライキを実施するにあたつても、控訴会社が自ら荷扱い業務を行ないストライキの効果が失われることを警戒していたことが認められるけれども、控訴会社において明和労組に対し同労組が荷扱い業務につきストライキを実施するにあたり控訴会社が自ら荷扱い業務を行なわないことを約した事実を認めるに足る証拠もないので、請負会社が荷扱い業務の履行ができない場合に、控訴会社が自ら新聞発送業務の一環としての荷扱い業務を行なうことのあることは当然であり、またやむをえないところであつて、右に認定の事実からすれば、明和労組においても控訴会社においても自己の業務の正常な運営が阻害されないような行動に出ることは容易に看取されうるところであつたものというべきであり、これをもつてストライキに対する介入行為に当る行為にほかならないものと曲解してその業務を妨害することはとうてい正当な行為ということはできない。
(3) 控訴会社においては、以前から明和労組のストライキにより明和産商が控訴会社から請け負つている荷扱い業務が履行されなかつた場合にも請負代金を減額することなく明和産商に対しその全額を支払つてきたこと、昭和四七年六月四日の明和労組のストライキの場合にも、控訴会社は、これまでと同様、明和産商に対し請負代金の全額を支払つていることは当事者間に争いがなく、右六月四日の明和労組のストライキの際に、その組合員である明和産商の従業員が明和産商から賃金カツトを受けたことは弁論の全趣旨からこれを推認するに難くないけれども、明和産商が控訴会社から請け負つた荷扱い業務に対する報酬の具体的な金額及び右のストライキより減額すべき額につきこれを認めるに足る証拠はなく、また本件のような荷扱い業務の請負いにおいて請負会社の雇傭する従業員の組織する労働組合が争議行為を行なつたため請負会社がその業務の履行ができなかつた場合に控訴会社においてその代金の支払義務を当然に免がれるかどうかについては法的に問題とすべき点がないわけではなく、かつその減額すべき額を算出することが困難であると認められるし、また右のストライキにより明和産商の荷扱い業務の履行がなされなかつたことを理由に請負代金を減額せずに全額を支払つたからといつて、明和産商において控訴会社に対して信用を失墜するなどの不利益を受けることがあることは容易に窺知することができるのであるから、右請負代金全額支払を目して、右ストライキの効果を全く減殺したものとして、控訴会社がストライキ介入行為をしたものと直ちに断ずることはできないし、明和労組員において右のストライキを実施したことにより賃金カツトを受けたとしても、これは明和産商に対する関係であり、これを請負代金の全額支払いを短絡し控訴会社を明和産商と同列に置きストライキ介入行為をしたものということはできない。
(4) 被控訴人は、明和労組の要請によりそのピケに参加し、終始、明和労組の指揮と統制に従い行動したものにすぎないのであるから、その責任は、明和労組のみが負うべきであつて、被控訴人がこれを負うべきいわれはない、と主張するけれども、被控訴人が明和労組において本件ストライキを行なうにあたつてとくにその参加の要請を受けたことを認めるに足る証拠はなく、被控訴人が右のストライキにあたり前示認定の行動に出たのはその自発的なものであり、しかも被控訴人は当日午後六時三〇分ごろからAカウンター付近に赴き明和労組員及び支援の外部団体員らがスクラムを組み、ピケを張る様子を眺め、そのピケの状態が控訴会社の新聞発送業務を妨害するものであることを知りながらあえて朝刊八版の荷扱の業務時間帯に入る前に行なわれた集会において控訴会社の従業員であることを明らかにして右のストライキを支援する演説を行ない、右第八版の印刷が開始されるや明和労組員及び支援外部団体員らとスクラムを組み、ピケを張つて控訴会社の正常な業務の運営を阻害したものであることは前示認定のとおりであり、被控人は右の者らと行動をともにしたとはいえ、自らの意思で控訴会社の業務阻害のストライキを煽動し、かつこれに加担したものであつて、明和労組の責任の背後に隠れ、控訴会社の従業員たる立場としての責任を免がれることはできないものというべく、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。
四右に認定説示した被控訴人の就業規則違反の行為については、その態様、程度並びにこれにより控訴会社の被つた損害等を勘案すると、控訴会社において被控訴人に対し一か月の停職処分及びこれにともなう減給処分の懲戒処分(就業規則にいう「処罰」)は相当であると認められる。
五すると、控訴会社が被控訴人に対してなした右の懲戒処分の無効を主張し、右減給処分に基づく減額分の給与金二万五九二六円の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由がなく、これが失当として棄却を免がれない。
六したがつて、これと異なり被控訴人の請求を認容した原判決は不当として取消しを免がれず、これが取消しを求める本件控訴は理由がある。
よつて、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用は第一、二審とも敗訴の当事者である被控訴人に負担させることとして、主文のように判決する。
(菅野啓蔵 舘忠彦 安井章)